英語
RADWIMPSの野田洋次郎さんが発言した通り、真面目に6年や9年も英語の勉強をして、英語をまともに話せないなんておかしいですよね?
なんでこんなことになっているか分かりますか?
日本の教育って何かができるようになるかを目的にしておらず、言うことを聞いたかを目的及び評価にしているからですよ。
だから。英語が話せなくても言うとおりに従ったかを評価対象にしているから話せるわけない。
英語の先生って自分が教えた人たちが英語をまともに話せないことに何も思わないのかな?
まぁ思わないんでしょうね。だって、何も考えず言われたことを言われた通り教えているだけだからね。
数学
小学校の算数までは良い教育していると思います。中学になったとたんまともな先生がいなくなる。
高校にいたっては本当に教える技術あるのか怪しい人や、明らかに教えられない人が混ざってくるのはいかがなものかな?
教科書や教員の言うことを真に受けて信じちゃダメだよ。
集合の内容で空集合をΦ(丸に斜線ね)って書くのは良いんだけど、これってギリシャ文字のφとはなんら関係ないのだけれど、ちゃんと教えているのかな?教科書って堂々とファイって読むって書いてあるよね?ファイって読むのはまぁ良しとして、ギリシャ文字とは何ら関係ないって教えてるのかな?そもそもそんなことも知らないんじゃないかなって思う。
問題の解き方を教えて数学を教えていないってよく書いてますが、もともと正確な知識を持たずに教えている人が多いよね。
丸い成績と尖った成績
RADWIMPSの野田洋次郎さんのtweetで、
「学生の皆は全教科を満遍なくできるようになる必要など全くないと思います。この国の教育をそこまで信じる必要もない。英語はその最たるもの。自分の学びたいものをたくさん好きになってたくさん学んだらいい。どれか一つでも飛び抜けて好きになれれば全部平均点の人よりずっと強いと思います。」
ってあるけど、ほんとその通りで、好きなものを一生懸命やれば良いと思う。
なんで学校って満遍なくできることを求めるかって言うと、国立大学に入りやすいからです。
東大や京大みたいに、どの科目も満遍なく人より抜きにでているか、満遍なくできてさらにトップクラスのできる科目があるならいいけどね。
実際地方の国立クラスの満遍なくできるレベルなら、苦手なものはできなくても良いから得意なものが他の人よりできる方が満遍なくそこそこできるよりはるかに役に立つ。
社会人になれば分かるけど、満遍なくそこそこできるって代わりがいっぱいいるんだよね。
ちょっと特殊なものでも自分しかできないってことは重宝されるし、見捨てられない。
学習面以外でも、精神面や肉体面、コミュニケーションなど人より抜きに出ているものがあるって大事だよ。
だから、成績って大きな丸(五角形?)じゃなくて、小さい丸なら尖った部分がしっかり伸びていた方が良いよ!
学校の中の評価は卒業と同時に意味をなさなくなる。でも、学校って卒業した後の評価については話してくれないんだよね。都合の良いところだけ話すか、外部講師に(事前協議して)都合がよい内容を話してもらうかしかしないから。
洋次郎の意見は的を得ていて良いと思う!
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