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恋愛小説

プロポーズ

ハートの花びら 恋愛小説

地下鉄の改札を抜けて階段を上がるとお腹がすいてきた。朝マックにしようと決めてきたのに、せっかくだからドトールにしようかと思い直しお財布の中を確認する。お気に入りのミラノサンドとミルクティー。窓から駅の改札を見下ろし、朝の時間を楽しむ。休日の朝は忙しさがなくていい。スーツ姿や学生服姿の人たちが足早に通り過ぎていくいつもの様子とは違い、カジュアルな服装でゆっくり歩く人たちがどこへ行くのかのんびりと歩いている。本でも読もうかと思ったが、中途半端な時間の使い方に悩み、残ったミルクティーを飲み干すと店を後にした。

市バスに乗るのをやめて、少し散歩することにした。今日はセミナーに参加する。大して歴史に興味がなかったが、とある小説に出てきたコロボックルという妖精を調べているうちに民俗学をかじり、宗教とのかかわりを考えているうちに、神仏が気になりだしたのが最近のことだ。簡単に言ってしまえばいろいろ興味が出た結果、なんでも聞いてみようと思っただけで深く学びたいとかそういった思いはない。きっと男の子なら戦国武将あたりから入って歴史全般に興味を持つのかなと思った。

都心高速の下を歩いていて不思議に思う。都心の発達には円形状の交通網が有利なはずなのに、私の街は碁盤目状に道路が交差している。東西南北がはっきりしているので迷いにくい利点はあるが、都心としてはどうなんだろうと疑問に思う。上に走る都心高速は環状線でしっかり円形状になっているからだ。街の発達とともに変化しても良いように思う。この辺りは人間関係と同じで変えられるものと変えられないものがあるのだろうか。親子関係は変えようがない。自分が好きか嫌いかは関係なく親子は親子だ。それが重い荷になることも助けになることもある。うまくいかなくても諦めざるを得ない。友人関係はいとも簡単に途切れてしまう。高校から大学、大学から社会人に変わるタイミングでは友人は急激に変化する。数人の友人を残して総入れ替えだ。今でも年に数回会う友人は貴重だ。

セミナー会場の前について建物を見る。外は自然にあふれているのにほとんどの時間をコンクリートに囲まれて過ごしている人間と言う生き物の不思議さを感じる。人間以外の生き物でコンクリートに囲まれて生きる生き物はいないのではないか。ちょうど向かいに寺院がある。少し早く着いたので予習のつもりで入ってみる。入り口の階段が急で登りづらい。ふと二礼二拍一礼と心の中で確認したが、神社ではないので違うのではないかと思い返した。お寺の場合はどうするのが正解なんだろう。作法が書いてある神社や寺院もあるだろうが、今日はお助けカードが見当たらなかった。目についたのは、鳥に乗っている神様の絵とお祈りの言葉だ。よくわからいまま一礼をしてから合掌しお願い事を心の中で反芻した。恋の成就。先ほどのお祈りの言葉を読んでみる。「ナウマクサンマンダ………」これで願いが叶うかな。

セミナー会場で受け付けをすますと指定された座席に座った。今日は講義だけでなくアクティブラーニングがあるらしい。グループ学習だ。講義だけで飽きないように工夫しているのかもしれないが、興味がない人はそもそも来ないような気がする。それとも人気なのか流行りなのか。同じグループになるであろう隣の席に目を移すとすでにカバンが置いてある。トイレにでも行ったのだろう。張られた名前に覚えがあった。元カレだ。元カレという表現が正確でないという思いもある。私の中では自然消滅だと思っている。連絡が取れなくなって1年。彼はどうしていたのだろう。自衛隊の潜水艦乗組員は行先も知らされず急に任務に就くらしい。家族は行先も期間も知らされず急にいなくなった帰りを待つのだという。もちろん彼は潜水艦乗りではない。私は待てば良かったのか。会って何を話せば良いのだろう。彼がこのセミナーにいることには不思議に思わなかった。彼は博識で彼からの話を聞いたことで私の興味の範囲が広がったことは間違いない。もしかしたら一緒にいる間に私が彼に似てしまったのかもしれない。

後ろから現れた彼は私に驚きながら席につく。いや驚いたふりをしているだけだ。私と同じように名前は確認しているはずだ。お互いそこまでありふれた名前でもあるまいし、同姓同名よりは私たちである確率が高いことは明白だ。

「久しぶり。元気だった?」

当たり障りのない挨拶に私はうなずく。

「うん。」

お互い言葉を探しながら、互いに次の言葉を待っている。きっとお互い言いたいことも聞きたいこともあるのだと思う。どちらがどう口火を切るかで流れが決まる予感がしてお互い口を噤んでしまう。聞きたいことが溢れたまま言葉にできずに流れ出している自分を感じながら時間が流れる。お互いに横目で伺いながら、これが向かい合わせだったら見つめあうという表現がしっくりくるのに、横目では見つめあうと言えないなぁと少し可笑しくなった。私たちの探り合いは一時延期となった。セミナーの開始時間だ。

セミナーの司会者が時間になったことを告げ、講義が始まる。今日の講義内容とグループ学習の内容だ。机の上には何枚かの資料が用意されている。隣同士で配られた絵の神様について調べて発表する形式。最後にいくつかのグループが発表するのだが、私は発表は嫌だなぁと思った。私の資料には鳥に乗った神様が描かれていた。予習が役に立ったと思いつつ、何の役にも立ってないとも思った。先ほどの寺院でみた絵と同じ神様であることは分かったが、説明までは読まなかった。きっと有名な神様なのだなと思うのが精一杯だ。彼は分かるのだろうか。

「グループ学習に先だって、自己紹介を兼ねてお互い3つずつ質問をしてください。資料の中に質問用紙が入っていますので、なんでも良いので3つ質問を書いてお隣と交換してください。」

司会の説明があって資料から質問用紙を取り出した。先ほどの溢れだした質問をぶつけることにした。少し意地悪を込めて。

1.いま何をしていますか。

2.私のどこが好きですか。

3.新しい彼女はできましたか。

裏返した紙をそっと差し出し。反応を窺おうとしたが、何やら質問用紙にいっぱい書き込んでいる。彼にしては珍しいなと感じるとともに、自分は質問する側だけでなく、質問される側であることも思い出し怖くなった。

彼から質問用紙が渡される。裏返しで見えない。彼も私の質問用紙を取り司会の合図があったわけでもないのに、せえのと声に出したかのように表替えした。彼の質問を見た。

1.あなたに出会い一緒に時を過ごすことで幸せの意味を知りました。楽しいという気持ちを知りました。あなたに出会い同じ時を同じ場所で過ごせたことを感謝します。

2.今までもこれからもあなたを好きでいることに変わりはなく、あなたを幸せにしたいと思います。私があなたを幸せにすることが望みですが、もし叶わないとしてもあなたが幸せになることを望みます。この気持ちが変わることなくあなたを幸せにしたいと思い、叶わなくともあなたの幸せを望んでしまうことをお許しください。

3.これからも私を好きでいてくれますか。

私は冷静に判断できなかった。もし冷静に判断していたら1つ目はすでに質問ではないことを指摘していたかもしれない。どう答えて良いものか分からず、バカと一言だけ書いて渡した。彼はその一言に苦笑いしながら、一生懸命答えを書いている。彼から返された質問の答えを読んで私は覚悟を決めた。もう一度彼の質問用紙を取り返し、バカの後に当たり前でしょと付け足した。

今日は長い一日になりそうだ。このやり取りで終わりではない。セミナーが終わったらいっぱい聞きたいことがある。ちゃんと話し合わなければ。ふたりで今までとこれからの話を。誰にも何にも邪魔されずに。

これからグループ学習が始まる。今日のセミナーは頭に入りそうにない。きっと彼に頼り切るだろう。資料の神様を眺め寺院に書かれていたお祈りの言葉を呟いた。

「オン・ガルダヤ・ソワカ」

物知りだねという彼の博識ぶりを私は侮っていた。彼の資料に描かれていた神様はラクシュミだと言って私に手渡した。そして私の資料を手に取り、これは私たちだと彼は言う。迦楼羅天の真言が恋のおまじないに効くとは思わなかったよって。

司会の人が発表者を予告している。当たらなくて良かったと思う。彼は自分の気持ちを含めて発表してしまうと思う。彼はそういう人だ。彼は自分を恥じていない。なぜか私の方を向いて繰り返し発表の予告をすることに不思議に思っていた。そんな私をみて彼がにこにこしている。急に顔を寄せたと思ったら、耳元で「席の名札、勝手に入れ替えちゃったんだよね。」と笑っていた。名前の上にある番号は確かにどう並べても隣同士になる数字ではなかった。彼は博識なだけでなく策士であることを知った。

私の人生あなたにかけるから頼みますよと心でつぶやいた。

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