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恋愛小説

卒業旅行

ハートの花びら 恋愛小説
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待ち合わせ

家から最寄りの駅に向かい電車に乗る。

普通しか止まらない駅で名古屋駅までは途中で乗り換える。ゆっくり向かってもいいなとは思ったけど、私より早く着いているなら早く会いたい。待たせるの悪いと言うより早く会いたい。

彼は最寄りの駅まで迎えに来てくれると言っていたのだが、お迎えと待ち合わせなら今回は待ち合わせが良いと思った。

名古屋駅に着いて金の時計を目指す。金の時計と銀の時計は待ち合わせに使われるがどっちが金だったか銀だったか分からなくなる。金の時がJR高島屋の前、銀の時が新幹線の改札前になる。銀の時計は旧壁画前や旧オーロラビジョン前と言う人もいてそれで年代が分かるって。

金の時計に着いたら彼はすでに着いていた。

「お待たせ」

「おはよ」

電車のチケットは購入済みで乗る時間も決まっている。彼が手配してくれたものだ。

改札を通る前に飲み物の調達をする。私はあまり飲まないので、ペットボトル1本で1日過ごせてしまう。彼は代謝が激しいのか2,3本は必要みたい。

改札を通ってホームに向かうとすでに乗車する電車が止まっていた。近鉄特急の難波行きだ。

特急に乗り込み、シートに腰掛けると彼はすぐにリクライニングを倒した。幸いこの車両は人が少ない。

「卒業おめでとう」

この旅行は私の卒業旅行だ。彼と初の泊まりでもある。

「ありがとう。」

「俺でいいの?卒業旅行って卒業した人たちと思い出作りに行くんじゃないの?」

「それはそれで別に行くからいいの。それに卒業記念に一人で旅行する人もいるし、それだと友達いなかったら卒業旅行もできなくなっちゃうよ。」

「友達もいるけど、あえて選んでくれたわけね。光栄でございます。」

卒業旅行に行きたいことと、大阪に行きたいと言ったのは私の方だ。それ以外の具体的なプランはすべて彼が考えてくれた。電車や宿泊施設の手配や行先などは彼にお任せなのだ。それに応えてくれる彼が頼もしい。

前にデートらしいデートがしたいから遊園地に行きたいとわがままを言った。それでも彼は応えてくれた。最初はラグーナ蒲郡に行こうとしたが、人目につくと羽を伸ばせないので、知っている人がいないであろう浜名湖パルパルに行った。これは今でもふたりだけの秘密。誰に聞かれても答えないふたりだけの秘密。そこで私たちに何があったのか。どんな約束をしたのか。きっと探せばふたりだけしか知らないことなど他にもあるだろう。ふたりだけの誰も知らない思い出。ただ、意図的に秘密にしたいのだ。

今回の大阪旅行にはユニバは入れていない。ユニバはユニバで楽しみたいって思いがあるみたい。次に連れてきてくれればそれで嬉しい。

2時間半だからちょうど良いのフレーズ通りに時間通りに難波に着いた。

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難波

粉物めぐりは聞いていたのでお腹を空かせ気味で待ち合わせした。

私も彼もそんなに多くは食べない方だ。

駅を出て、道頓堀の辺りで適当なお店に入った。まずはたこ焼きとネギ焼きだ。たこ焼きから始まるのはザ大阪的なノリだろうか。食べたい味はいくつかあったが、明太子味とかは彼が好みそうにない。お互い1種類頼んでも良いが量を考えると半分こだな。

結局、たこ焼きとネギ焼きをひとつずつ頼んで半分こした。朝一でお腹が膨れる。

食べ続けて過ごすわけではないので、道頓堀の辺りをウインドウショッピングした後、NGK(なんばグランド花月)に向かった。

吉本の予約をしてあるのだが、開演までにやや時間があったので隣のビルに入ってみたら若手漫才の劇場があった。流れで入ってみる。若手の漫才を見ながら必死感を感じた。まだ売れていない芸人たちは少しでもここで名前を売ってアピールしなければいけないのだ。何組か見ていると漫才のパターンのようなものが見えてきた。特に替え歌ネタはよく使われるパターンだ。

若手の漫才を見て出ると、漫才コンビが名刺を渡してきた。自分たちのSNSが載っている。こうやって認知度を上げていくんだなと納得した。そしてお待ちかねの吉本に向かった。

吉本の1Fでお土産を軽く見ながら劇場の席につく。彼はお笑いが好きで、好みがはっきりしている。彼は吉本に限らずにネタが練られた漫才が好きだ。お笑い芸人と言われている中でも漫才ができない人は好きではないらしい。漫才ができるかどうかはお笑いの心を貫いているかどうかの差があると言う。

吉本の演劇が始まった。話芸なので漫才とは限らない、若手からベテランの順に出るので最後は大御所の落語で締めだ。最初の方の若手は笑えなかった。こんなものかとちょっと拍子抜けした。中堅どころに入って楽しみ始めた。「忍びねぇな」、「構わんよ」のくだりを見た時に私でも知ってるって思った。中堅芸人は知った人が多くて楽しかった。最後の落語もそれなりに楽しめた。一通り話芸が終わったところで休憩に入った。

「落語分かった?」

「分かったよ。面白かったね。」

落語は奥が深くて逃したネタがいくつかあって彼とすり合わせて気づいた。時々間があるのは「今ボケたけど分かった」って合図なのだ。こうやって彼にいろいろ教わっていく。

後半の吉本新喜劇はテレビで見るものそのままだった。いつもの勢いそのままに目の前に展開され、お約束の音楽でしまっていった。

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新世界

NGKを出た私たちはお土産を眺めるも買うことなく新世界に移動した。

いつもとは違う地下鉄は乗っているだけでワクワクする。

通天閣を眺めてまずはお店に入った。今度は串カツだ。

“2度付け禁止”の文字を見て、普段冗談では言うものの本当に見るのは初めてだなと思った。

ふたりで何種類かの串を頼み、2度付けをすることなく食べて行った。彼は途中で串よりキャベツが美味しいとキャベツばかり食べていた。

お腹を満たしたところで通天閣を上る。外から見た時はこんなに有名なのに、こんなに小さいんだと思った。あべのハルカスが近くにあるので観光の人はついでに寄るくらいなのかなと思ったが、私たちも観光目的なのにあべのハルカスには行ってないなと思った。時間があったら行くかな?と思ったが、時間があったら天王寺動物園に行きたいと彼なら言いそうだ。

大阪名物の通天閣に拍子抜けしながらも大阪らしさを感じた。私たちの場合は138タワーがあるが、年月が経てば歴史を感じさせるモニュメントになるのだろうか。

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梅田

地下鉄で梅田に向かい、地下から地上に出るともう夜だった。

ほど良い時間だと思った。夜の風を浴びながら梅田スカイビルに向かう。カップルらしいデートコースだ。駅からの道を間違うと人通りが少なくて少し怖い。行きは分からぬまま歩いたが駅との連絡通路がちゃんとあったようだ。

ビルを下から見上げて彼が呟いた。

「でけーな。」

「でけーな。」

彼のそんな言い方が面白くて繰り返した。いつか私の胸をみたときに同じセリフを言わせてやると思ったが、彼は大きいのが好きなわけではないので言わせたところで意味がない。

空中庭園展望台に着くとフロアに記念撮影できるようハートを施したベンチがあった。ふたりして並んで座り記念写真を撮る。ふたりとも写真を人に頼めないタイプなので、今までもお互いを撮ったものはあってもふたりで写っているものは少ない。

展望デッキに出て一周する。下をのぞき込む彼が吸い込まれそうと言った。彼は高いところに行くと飛び降りたいというか落ちていく自分を想像してしまうらしい。それは実際は落ちたくない気持ちの表れなのか、落ちないための安全策なのか分からなかった。願望ではないと信じたい。

もう一度フロアに戻り軽く景色を眺めながら飲み物を頼んだ。

彼はいつもとは違うものを頼んでいた。

「それ美味しい?」

「美味しいよ。」

「珍しいね。いつもはそんなの頼まないのに。」

「今日は夜遅いからカフェインは摂らないの。だからミントティー。」

「初の泊りだから、初めて知ることもあるわけだ。」

「おれって繊細なんだよ。意外でしょ?」

「あなたを知らない人には意外だと思うよ。でも、私はあなたのこと知っているから意外じゃないよ。強そうで弱いところ。優しいのに気づいてもらえないところ。純粋でまっすぐなところ。私は知っているよ。」

「誤解されやすいからね。そこまで言われると否定したくなる。」

「そういう所もね。だから誤解されるんだよ。本当にみんなのことを考えてるのにね。分かってもらえないのは性格のせいかな。」

「好き嫌いが激しいのもあるかな。」

「そのわりには年下にはみんな優しいね。」

「子供には優しい方なんで。」

「子供にやさしいのは良いけど、女性に優しいのは私だけにしてね。他の人にはほど良くだよ!」

彼に念を押して夜のティータイムを終えた。アルコールを飲まないのは彼も私も普段から飲まないからであって今日に限ったことではない。彼がなぜアルコールを飲まないのかはまだ知らない。

梅田の駅に向かうまでの間、彼と手を繋いで歩いた。夜の散歩を彼とできるとは思わなかった。待ち望んだ時間でもある。このまま宿泊するホテルに向かう。

チェックインしてフロントでキーをもらい部屋に向かう。小さな部屋にはベッドと小さなスペースしかなかった。先にシャワーを浴びさせてもらった。女の子の方が時間がかかるだろうからって譲ってくれたのだ。

シャワーを浴びている間、テレビの音が漏れ聞こえてきた。ニュースを見ているみたいだ。私は昼間の汗を念入りに落としていた。

シャワーから出るとすぐに彼と交代した。テレビを見ながら髪を乾かし、シャワーを浴びながら彼は何を思っているのかなと考えた。

思った以上に早く出てきた彼に驚いた。

「もう出たの?」

「シャワーだけならこんなものだよ。本当は湯船に浸かりたい。」

「浸かればいいじゃん。」

「んー、緊張してなんとなくね。」

緊張してはいないだろうと思ったけど、彼の意外な返答に翻弄されて言葉を返せなかった。

ふたりでベッドに並んで座り会話を楽しんだ。

ひとしきり今日の出来事を振り返った。夕食にオムライスを食べたので、大阪名物はけっこう真面目に食べ歩いた。デートらしいデートでもあった。卒業旅行かと言われれば普通のデート旅行なのだが、卒業にかこつけて泊まれるのだからそれでいい。

彼が後ろから手をまわし、抱きしめるように両手を握ってきた。

私は胸の前で手をクロスさせ彼に抱き締めさせた。胸に手が当たっているはずだが、彼はでけーなとは言わずそのまま眠ってしまった。

私もそのまま眠ってしまった。彼に抱きしめられたまま。彼に抱き締めさせたまま。

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大阪港

朝はゆっくりだった。昨夜が遅かったせいもある。ふたりしてのんびり起きた。

何が面白いかというと起きた時に手を繋いだままだったってこと。寝た時と同じ状態だった。

「おはよう。」

「おはよう。」

「御寝坊さんだなぁ。」

「お隣に可愛いお姫様が寝てたから目覚めのキスをいつしようか迷ってたの。」

「もう、エッチなことしてないでしょうね?」

「胸の感触を確かめたくらいかな。」

はぁと思ったがこの体勢ではムリだなと思い、彼なりの冗談だとわかった。

起きてから朝食をバイキングでとった。

彼は野菜を多めにとる人なんだと思った。後はポテトが大好きすぎる。そんなに食べたら吹き出物ができるよと思うくらい山もりのポテトをとってきた。私はバランスよく食べる。和洋折衷でもバランスが大事だ。最後にミルクティーを飲む彼を見てなぜか安心した。いつもの彼だ。私はフルーツジュースにした。

少し部屋で休んだ後、着替えてホテルを後にした。地下鉄で大阪港に向かう。

駅を降りて海遊館に向かった。ちょうどイベントがやっていて、入り口付近でペンギンのパレードが見れた。ペンギンが歩く姿を彼が横でマネしている。何をしても目立つ人だ。

彼は水族館や動物園は好きみたいで県外でもそれなりに知っていた。海遊館のお勧めが何かは言わなかったが、マンボウを眺めているからマンボウが好きなことは分かる。水族館の入り口で写真を撮られたが、後から売られるパターンだと思った。案の定、出口で記念写真買いませんかとブースがあった。彼との記念だからと思ったがやめておいた。記念は別の方法に託してみよう。

天保山マーケットプレースで遅めの昼食をとった後に観覧車に乗った。

「海がきれいだね。」

「せっかくだから山も楽しむか?」

「今から?どこ行くの?」

「すぐそこ?登山しよう。」

私には見えなかった。登山は彼なりのジョークだったが、山は確かにあった。

天保山は標高4.53mの日本一小さい山なのだ。2011年の東日本大震災で宮城県仙台市宮城野区の日和山が削られ、2014年に標高3mの日本一小さい山になっているが、それまで日本一小さい山として名をはせていたのだ。

天保山を歩いた感触ではハイキングにもならない優しい山だった。一帯が公園になっているので散歩している感じ。天保山の真向かいにユニバがあるのもなんだか複雑な印象がある。

大阪城公園

大阪港を出て大阪城に着いた。時間としては遅くになった。

「卒業旅行がこんなまったりしたものでいいの?」

「いいよ。一緒にいられればどこだっていいよ。」

「大阪城って小さいよねぇ。」

「昨日のでけーなとは真逆だね。」

「公園を散歩して会話するなんて老夫婦みたい?」

「そんなことないよ。好きな人と近所の公園をお散歩コースにしている人もいるんじゃない。」

「将来何になりたいの?」

「分からない。まだ迷いながら進んでいる途中。」

「道案内しようか?一緒に迷いながら。」

「それならお願いしようかな。決められた道を案内されるのは嫌だから。一緒に迷ってくれるのは嬉しいな。」

「じゃあ俺も道案内をお願いしようかな。」

「いいよ。私も一緒に迷うことになるよ。」

「ふたりで彷徨いますか。」

桜の季節にこれば壮大な花見ができたであろうこの場所は、今はまだ咲かずに燻っている桜の息吹がひっそりと隠れていた。必ず咲き誇るという自信とともに。前向きな私たちと同じように。

帰路

帰りは新大阪まで出て新幹線に乗った。彼が新幹線に乗りたがったのだ。新幹線と特急は違うらしい。

「どうでしたか?卒業旅行は?」

「楽しかったよ。来れて良かった。」

「俺で良かった?」

「もちろん。友達とは別で行くから平気だよ。」

「どこ行くの?」

「内緒。」

「隠し事か?」

「あらあら嫉妬ですか?」

「嫉妬はするよ。心配もする。不安にもなる。すべては好きだから。好きじゃなかったら何も思わないよ。」

「ちゃんと教えるよ。それより次の卒業旅行はどこにする?」

「何回卒業するの?」

「卒業って学業とは限らないでしょ?」

「じゃあ俺はゲームを卒業しよう。」

「あのエロゲーね。」

「いやいやエロゲーではないし。かわいいキャラクターのゲームね。強くなると服脱いじゃうけどね。」

「私は私を卒業しようかな。一人称卒業。」

「どういう意味?」

「私を卒業して、私とあなたになる。」

「私たちってこと?」

「それじゃあ一人称の複数形じゃん。」

「私とあなたの片割れだから1.5人称かな?」

「そこ足し算なの?奇数って割り切れないから縁起がいいって扱いなのに少数使ったら意味なしです。ここは掛け算で行きましょう。」

「相加平均じゃなくて、相乗平均ってことね。じゃあ√2だね。」

「俺は無理数より素数の方が好きだけど、√2は好きだからいいよ。」

「それって、『お前のことは好きだけど他の子に興味がないわけじゃないよ。でも、お前が好きだからお前を選ぶよ』ってことでいいのかな?」

「いいんじゃない。」

「では、不束者ですがよろしくお願いします。」

「どうしたの?」

「え?だってさっきのプロポーズじゃん。無意識かよ。」

「無意識とは言えプロポーズして了承されたんだろ?ちゃんと幸せにしますよ。」

「よろしくお願いします。無意識に息を吸って吐くかのように他の子にプロポーズしないようによろしくお願いします。」

「大丈夫だよ。好きでもない人とはこんなやり取りしないから。」

名古屋駅に着いて、お別れの時間だ。私は電車を乗り継ぐ。彼は見送る。見送る彼に寂しげな表情をしてしまった。これは楽しかった反動だ。そして離れたくない気持ちの表れ。

電車に乗ってすぐ彼からメッセージが届いた。

(寂しくさせないよ。これからは。)

私たちの卒業旅行は婚前旅行になった。

次は卒業旅行パート2と新婚旅行のどちらが早く来るかな。楽しみだ。

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