スポンサーリンク
恋愛小説

恋愛短編2【ふたりじめ・ネーミング】

ハートの花びら 恋愛小説
スポンサーリンク

ふたりじめ

駅のホームで待っていると遅れて彼がやってきた。珍しく遅刻した彼はごめんねと謝りながら近づいてきた。私は遅れてきた彼を責めたりしない。遅れて来ようが会えたことが嬉しく、会えるだけで安心する。会えない方が不安で何かあったのではないかと心配してしまう。そんな私を彼は優しいねと言ってくれる。

ホームの自販機を眺めて何か買うのかと思ったら、ただ眺めているだけの彼は何も買わずに戻ってきた。彼は目が悪いので遠目で見ておいしそうだと近寄って確認する習慣がある。私も遠めだと見えないのかなと聞いたが、私のことは分かるらしい。本当だろうか。どこかで間違えて他の子に話しかけてないか心配になる。

1分ほど遅れてきた電車に乗り込んで2人掛けの席に腰掛ける。電車ではいつも窓側が私の定位置だ。女の子は守りたい派と彼は言っていたが、外を眺めるときに私を見るのが好きみたい。逆なのかもしれない。私を見るときについでに見える外の景色が好きなのかもしれない。たまには入れ替わってみたい。彼がみる景色を私も感じてみたい。

彼が手を握ってきた。今は左隣にいる彼の手を強く握り返す。いつも彼から手を繋ぎたがる。本当は私が手を繋ぎたいのだが恥ずかしくてできない。だから一度繋ぐと離したくない。駅が近づき手を離そうとする彼の手を離さず握り続ける。(繋いだ左手いつまでも、つないだ先があなたの右手でありますように)心の中でつぶやいて手を離す。

改札を抜けると本屋がある。目的もなくフラッと新刊を確認し店内を一周。今日のデートには目的はない。彼は目的地があった方が安心するタイプだ。私は会ってから行先が決まっても良いタイプだ。会いたいから会うのに、目的地なんてあってもなくても良いじゃないかと思う。会うのが目的なのだから。これが男女の違いなのかと思う。女子会はどこかで集まって話ができれば成り立つ。どこかを選ぶことは大事だが、どこであろうと女子会は成立する。男の子はどこの方が重要なのだと分かった。彼は自分を押し付けたりしないので今日は私のペースだ。ベンチに座り本の新刊をお勧めしながら行先検索。お洒落なカフェに行きたい。彼は好き嫌いが多いと言うのに行先に条件を付けたことはない。いつも行きたいところに連れて行ってくれる。好き嫌いが多すぎて、そんなこと気にしてたらどこにも行けないよって。ただ、どこに行っても彼が好き嫌いを見せたことはない。合わせてくれているんだろうか。

ほどなくして歩き始めた。彼は右隣だ。歩くときだけはいつも右隣だ。前に彼から聞いた話だが、好きな人にアプローチするには左右のどちらかから話しかけると効果的だと教えてもらった。右耳は左脳、左耳は右脳につながっているから効果が違うと聞いていたのにもう忘れてしまった。私にもそれを利用したのか聞いてみたが、恋愛の技術はいっさい使わないというのが彼の答えだ。恋愛の技術を駆使して付き合うとつまらないらしい。ひとつは作り上げた自分を好きになられた気がして、本当の自分を好きになってもらった感じがしないと言うこと。もうひとつは騙している感じがして心が痛むからだと言っていた。高嶺の花を射止めるのに努力すると付き合い始めても努力し続ける必要があるから嫌いなんだって。飾らず、いつも通りの自分を好きになってもらって、自然な自分をずっと好きでいてもらいたい。そんな彼の考え方が好きだ。その考えに共感したわけではないが、私もどちらかと言うと飾らず過ごしている。私は私のままが良い。それを受け入れてくれる彼が好きだ。

今日も普段通りの彼を私は信頼している。人は警戒心があったり嘘をつくと、腕を組んだり、手をポケットにしまったり、手を後ろに隠したり無意識に行動することを私は知っている。彼から教えてもらった。私に教えちゃったら、嘘つくと分かっちゃうよと言ったが、私にだけは嘘を言わないから大丈夫と自信ありげに答えていた。彼は冗談は多いが悪意のある嘘は言わない自信があるみたい。普段は腕を組む癖がある彼が、私とふたりだけのときは腕を組まないと気づいて、普段は警戒心が強い彼が私には警戒心を解いていることに気づいた。私のことは騙したり、誑かしたりしないかと聞いたとき、私の目を見てしないよと即答した彼が好き。無意識の行動は理解してしまうと自分でコントロールできるけど、コントロールできないものもあって、そのひとつは瞳孔だと。嘘をつくと瞳孔が変化するらしい。これだけは自分の意思でコントロールできないからここぞというときは瞳孔を見て判断すると言っていた。彼が私の目を見て答えられるのはそれだけ私に嘘をつかない証拠だと思う。嘘をついていないか確認するつもりで彼の目を見たのに、その目に吸い込まれるような気がしたのは私が恋している証拠。

歩きながら今度は私から手を繋いでみた。離してあげないよと言う彼は子供のように可愛かった。(繋いだ右手いつまでも、つないだ先があなたの左手でありますように)心の中でつぶやいた私は欲張りだと思う。

私たちお似合いだねといった私に、「お前のすべては俺に向いているし、俺のすべてはお前に向いているよ。一緒にいるから分かるでしょ?」といった彼は私以上に欲張りだと思った。

スポンサーリンク

ネーミング

テスト前のこの時期にしては図書館はすいていた。天気のせいかもしれないが、人の気持ちには波があるものなのかもしれない。吹き抜けを半円描いたような階段が両サイドに位置している。階段を上がり切ったところにいくつものテーブルがあり、今日は私たちが陣取っている。このテーブルは図書館の入り口が見えて人の出入りが確認できる。今日の目的は見張りではない。いつもは窓際のテーブルを選ぶのだが、今日はいつもの雰囲気ではなかった。

私の向かいに彼が座っている。彼はテスト前だからという理由では勉強しない。私に付き合ってくれている面が大きい。その横に私の友達。彼の横に私の女友だちを座らせるのは少し変なのかもしれない。これは私の決意の表れだ。今日は彼に別れを告げるつもりでいる。

彼と私の馴れ初めはこの図書館での出来事だ。勉強に疲れるとお菓子で休憩する。もちろん図書館は飲食禁止なので、勉強に疲れると席を外しお菓子を食べる。当時の私は柿の種にはまっていた。一度近所のスーパーで品切れしていた時に柿ピーを買ったのだが、ピーナッツがさほど好きではない私は柿の種ばかり食べていた。それを目ざとく見つけた彼がピーナッツを食べようかと聞いてきて、ちょうど良いと思い彼にあげたことがきっかけだ。それ以来勉強に誘うようになり、柿ピーを買うときは彼にピーナッツを食べさせていた。一度彼が悪ふざけをして柿の種を全部食べてしまい、ピーナッツを全部私が食べたのだが、「柿の種好きなの?」と聞いたら嫌いだと答えていた。誰得?と思いながら、柿の種嫌いだからもうやらないと答える彼に、好き嫌いは良くないから1個ずつはお互い食べようと言うことになり、嫌いなものを食べさせることが悪ふざけの一環でお互い1個ずつ茶化しながら食べさせあっているうちに付き合いだした。きっと最初からお互い興味があったのだと思う。彼の気持ちは知らないが、私にはあった。柿ピーはきっかけでしかない。テレビのニュースで芸能人の結婚発表を見るたびに「何婚ですか?」「〇〇婚です。」のやり取りを見て、私たちは柿ピー婚であることを恥ずかしいと思って悩んでいた。そんな悩みは今日で終わりだ。

しばらく勉強していたつもりだが、友達の「何かあったの?」の一言で私たちは顔を上げた。私が7回、彼が5回お互いの顔を注視してはまた本に顔を戻していたそうだ。

「私の方が2回多いわけだ。」

「回数で何か決まるの?」

友だちが再度同じセリフを繰り返す。「で、何かあったの?」

ひと月ほど前の出来事だ。彼が急に指輪をはめていた。一緒につけるならともかく、今まで彼がそんな素振りを見せたことはない。友達に探りを入れてもらったが、怪しい動きがないだけに余計怪しいと言われてしまった。彼女に何も言わず急に指輪なんかつけたりしないよ、と。決定的だったのは一週間前、私の誕生日のことだ。彼は手作りのドーナツをいろんな女の子に配っていた。生クリームを入れただけの単純なものだが味は美味しいらしい。和気あいあいの雰囲気で、女子力高いなんて言われながら彼は上機嫌だった。私への誕生日プレゼントのひとつかと思っていたら、私にはドーナツを生クリームサンドのようにふたつに分け、私の指を挟んで食べようとした。何の冗談か分からず呆然としていた私に、誕生日おめでとうとだけ言って去っていった。ドーナツは配り切ったからプレゼントはまた今度だと言う。

悔しかった。みんなと同じで良いとは言わない。でも、せめて手作りのドーナツを食べてみたかった。別れの記念に最後の手作りを渡そうとドーナツを作ってみた。ワサビ入り、唐辛子入り、ハバネロまで探してきて入れてみた。最後に美味しいものなんか作ってあげない。そう思って何個か試作したのだが、そんな悪ふざけみたいなことももうできないのかと思うと寂しくなって、最高のものを作ろうと作り直した。彼は生クリームが大好きだ。シュークリームもダブルシューではなく生クリームオンリーが好きだ。わざわざ電車で出かけて、なんとか堂と言った名のあるお店でわざわざ買って食べていた。私にも買ってくれてその味は確かに濃くて美味しかった。最後に心を込めて作ってやる。私のことを忘れないように。一生忘れさせてやらない。良い意味でも悪い意味でも気持ちを込め最高のふとつを作った。彼の好きな生クリーム、生地にははちみつをまぜて甘さを出してみた。彼は朝しかコーヒーを飲まないので、無糖の紅茶まで用意しておいた。

休憩にしようと声をかけ、3人で図書館を出る。ベンチでお菓子タイム。行く途中、彼がトイレに寄る間に友達には事の経緯を話した。この後、お別れのセレモニーだから立会人だよって告げた。お似合いだから残念だと言ってくれた友達も彼の行動は庇ってあげられないかもと承諾してくれた。

彼が戻ってきてベンチに座ってドーナツと紅茶を渡した。嬉しそうにする彼が一口食べて美味しいと言ってくれたことで気持ちが揺らぐ。紅茶も気が利くと褒めてくれた。このままだと言えない。意を決して彼を見た。

「今日は言いたいことがあるの。」

「あぁ、俺もだよ。」

ドーナツを食べながら彼はポケットから小さな箱を取り出した。

「一週間遅れの誕生日プレゼント。待たせてごめんね。」

「え?ありがとう。プレゼントちゃんとくれるんだね。」

見ていいよと促されて箱を開けると指輪が入っていた。

「付き合って初めての誕生日プレゼントだから、一緒につけようと思って。それ安いんだよ。高いものじゃないけど、そろそろ一緒につけてもいい頃かなって。」

彼はこの指輪を買うまでの苦労話をしてくれた。私たちは指輪なんて買ったことがない、私はひとつも持っていない。サプライズで用意したかった彼に誤算があった。初めて買いに行って指輪にはサイズがあるということを知ったのだ。無論、自分のサイズはその場で合わせればよい。しかし相手のサイズを聞かずに当てるのは至難の業だ。私だって知らない。そこでいったん彼は自分の指輪を私にはめようとした。確かにこれ持っててと言って指にはめようとした。その差を見ようとしたらしいのだが、生憎私は彼の指輪に不信感を持っていたので拒否してしまった。他にも紐やストローの袋を冗談めかして巻き付けようとしたのだが、そんなこと知らない私がことごとく拒否したらしい。とうとう誕生日の日になって最終作戦がドーナツだった。何回も生クリームを作り、指の形が崩れない温度と硬さを探し出したと。味的にはどれも成功なのだが、失敗作と言うか使えないものは自分で食べていたが、流石に食べきれなくなって女の子に配ったというのが事の真相だと。私の指に挟んだドーナツを形が崩れる前にサイズを測り、証拠隠滅のためすぐに食べた話には感動と笑いがあった。

宝石がついているわけでもない彼曰く安い指輪を眺めていた。メビウスの輪のようにねじれが入った細い指輪だ。派手さもごつさもない柔らかくてしなやかな印象の指輪を彼がはめてくれた。左手の薬指に指輪が通され、初めての指輪がお洒落ではなく恋の証になった。これが図書館横のベンチではなく結婚式場だったら泣いていたと思う。柿ピー婚がドーナツ婚になっちゃった。

「食べ物はやめようよ。」

私の心の声が漏れてしまった。勘違いした彼はドーナツを食べながら渡したことをしきりに謝っていた。私はふたりの披露宴で柿ピードーナツ婚ですと言う自分に姿を想像して恥ずかしさとともに嬉しさの方が勝っていることを確信した。

感動に浸っている私にふたりから質問がきてしまった。

「これに立ち会わせたかったの?」と不貞腐れた友人。

「それで言いたかったことって何?」と彼。

窮地に立たされた私はうっすら涙を浮かべて笑っていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました