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恋愛小説

恋愛短編1【悪戯・梅雨】

ハートの花びら 恋愛小説
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悪戯

夏の日差しが肌に刺さる。しっかり日焼け止めを塗ったはず。焼けたくないなぁ。そんな気持ちの中、カフェに入った。

扉を開けるとカランと音が鳴り、エアコンの効いた冷気が肌を包む。静かな雰囲気のカフェはまだ若いと思われる店員さんがひとりカウンターから顔を出していた。

ログハウス風のカフェにはテラス席がある。しかしこの暑さではテラス席には誰も座らないだろう。春の穏やかな日か秋の涼しい気候でないと座る気にはならない。

テラスに一番近いテーブルを選ぶ。テラス席の方を向いて。外の景色に目を向ける。まだこれから日差しが強くなりそうだ。木の陰ですら涼しさを演出している。

帽子を目深にかぶり外を眺める。今日は白のワンピース。彼はいつも服を見ては喜んでくれた。彼の好きな服を着るわけにはいかない。ばれてしまう。普段着の私は可愛いらしい。いつもそう言ってくれた。

店員さんが水を持ってオーダーを聞きにきた。

「ブラインド下げましょうか?」

「このままでいいです。外の景色が素敵ですね。」

ブラインドを下げられたら、帽子とサングラスが不自然になる。端っこの席で外向きに座ることも。今日は訳があってここに来たのだ。

彼はいつも優しい。お店に入るときは必ず扉を開けて待っていてくれた。店内では必ず奥の席を勧めてくれた。何も言わず。お店が見渡せる方を女性に譲る。これが女性をエスコートするときの常識だと言うことを私は知らなかった。私は知らないままエスコートされていた。正確にはエスコートされていることに気づいていなかった。ただ、いつも一緒にいて楽しかった。会えないことが寂しい以外のストレスなどなかった。

注文したアイスティーが運ばれて喉を冷やす。エアコンが効いていても体の中はまだ熱い。彼と私の友人が店の前を通り、入ってくる。まだ、私以外にお客はいない。

私の友人は、私のすぐ後ろのテーブルを選び席に座り、外の景色を眺める。彼は私の後ろに座り。私とは背中合わせだ。このお店でなかったら、彼は私を不自然に思っただろう。もしかしたら席を変わったかもしれない。

私は携帯を出し、友人からのメッセージを待った。始めるよ。これが合図。

今日は彼を尋問するのだ。私のことをどう思っているのか。付き合っているのか、いないのか。軽い気持ちなのか、将来を見据えているのか。

「どう思っているの?」

「いきなり何の話?」

「あの子のことに決まっているでしょ!大切な親友なんだから」

「もちろん好きだよ」

少し声に怒りがこもってる。

「あなたのこと忘れるために他の人と付き合うみたいだよ。」

(もちろんそんな話は嘘だ。そして友人は直球過ぎる。前置きとか話の入りとか柔らかいクッションはないらしい。そんなとこは友人らしい)

ドンと音と振動が伝わる。彼がテーブルにこぶしをおいた。その音に驚いて声が出そうになった。木のテーブルに目を落とし、木でよかったと思う。彼の手を気にしたのか、よくわからないが意味もなく良かったと思った。

「何が言いたいのか分からないけど、それに関しては怒っていると伝えてくれ」

「他の人に取られたくない?」

「そうじゃない。俺は好きだし大切思っている。でも、他に好きな人ができたならそれでいい。ただ、忘れるためっていうのは許せない。俺は好きな人が好きな人や物を好きになりたい。一緒に好きになりたい。好きな曲があれば自分も好きなって一緒に楽しみたいと思うし。尊敬する人がいるならその人の良さを分かりたいと思う。もし、他に好きな人ができたなら、難しいかもしれないけれど俺も好きになって祝福したい。だから忘れるためってのは許せない。心から好きな人ができたのなら、俺は祝福する。そうでないなら俺が幸せにする。そう伝えてくれ。」

「付き合っているんだよね?」

「当たり前だろ。ただ、誰にも言わない約束だから、誰に聞かれても付き合っていないと答えるけどね。それは約束だから。」

「付き合っているからには、しっかりふたりでチームプレーしなきゃ。」

「それは断る。」

「なんで?付き合っているんでしょ?」

「チームプレーの必要がない。お互いを思い合っているのは確かだけど、相手のために自分を犠牲にするようなチームプレーはしない。うちらは個人プレーをしていてもしっかりかみ合っているから安心して一緒にいられるんだよ。チームプレーが素晴らしいなんて思わない方が良い。個人プレーのレベルが上がって更にお互いが自然にかみ合っているからうちらは強いの。」

携帯が通知を知らせてくる。何を聞けばいい? 友人からのメッセージは助けを求めるように見えた。 彼がグラスに手を伸ばす。図らずも私と同じアイスティー。ふと思い出した。彼は私が頼むものをよく当てていた。飲みたいものも、見たい映画も、読みたい本も。好きだから、それくらい分かるよって。もしかしたら好きだからだけでなく、同じなのではないかと思う。お互いを好きで趣味趣向も似てる。 目の前の風景に目を向けた。彼もこの景色好きなのかな?いつも見たいのを我慢して私に譲ってくれていたのかな。彼の個人プレーって言うのは嘘だなと感じた。彼はいつも私のことを考えて譲ってくれていたから。

今回の悪戯は失敗だ。ドッキリ大成功と書かれたプラカードは持っていない。

このカフェはエアコンが効きにくいらしい。涼しかったはずなのに、触れていない彼の背中のぬくもりが伝わってくる。

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梅雨

私は雨が好きだ。梅雨の季節のまとまった雨は農作物を潤す力がある。雨を嫌う人を否定するつもりはない。しかし、雨が降らなければ水不足に陥り、生命の危機に陥るのはどの生き物にも言えることだと思う。

図書館で勉強していると彼がやってきた。彼は雨が嫌いな人のひとりだ。彼は走るのが好きでこの時間は彼の練習時間だ。いつもは自転車の彼も雨の日は電車を待つ間ここにやってくる。走ることができず、帰ることもできず、電車の時間までここで時間をつぶすのだ。私が雨が好きな理由のひとつでもある。

彼は図書館に来ても勉強はしない。そもそも彼が勉強をする姿を見たこともない。本を読むわけでもなく、マンガを読むことも携帯でゲームをするわけでもなく、ただ窓の外の雨を眺めている。そんな彼に話しかけるようになったのは最近のことだ。彼は得意教科があって教えてもらったことがある。彼は想像より教えるのがうまかった。それ以来、その教科は彼に頼り切りだ。彼の教え方を褒めたら、これしかできないからと言われ、謙遜だと思ったがそうでもないらしい。英語が苦手でさっぱり分からないと言った彼に教えようかと提案したが、英語は教わるものではないと断られた。彼は英語の重要性を説いて、今後の日本について話してくれた。簡単に言うと日本と言う国は消滅するか、乗っ取られるか、国際化するか、独立するかしかないと言うことらしい。すでに独立していると思っている私には彼の言う独立が何のことかは分からなかった。

今日も外を眺める彼を遠くに見ながら切りの良いところで問題集を閉じた。彼の隣で外を眺める。側溝からあふれ出した雨水が道路をうねるように走っていく。よく見ると彼は裸足だった。私たちの学校はサンダルが禁止されている。彼は今日も裸足にサンダルで登校し怒られたに違いない。そのことを聞くとあっさりそうだと認めた。靴下と靴を水浸しにして、学校で新しい靴下に履き替え、帰りにたっぷり水を含んだ靴に足を入れる。これが私たちの生活だ。学校の入り口は特に水はけが悪く雨が降れば必ず浸水している。しかし彼だけは裸足にサンダルで通っている。人に言われたとおりにすることが正しいのではないと彼は言う。靴と靴下を水浸しにして通うことを強要する大人の話など聞いても意味がない。彼の言うことは正論だが、だからと言って堂々と無視することもみんなできない。彼を除いて。

ついでに教えてもらったのだが、彼は裸足にサンダルでも怒られないのだと。呼び出しはされるが最近は怒られたことはないそうだ。先生たちはかなりひどく叱っていると言っていたが、そんなことはないらしい。叱らないわけにはいかないから形式的に呼び出すが、さすがに靴と靴下を水たまりにつけて通れと言えないらしく話は平行線で終わっているらしい。これでは言われた通り言うことを聞いているほかの子たちがバカみたいだと思ったが、彼曰くそれはバカだと言っていた。なぜおかしなことをおかしいと思えないのか、おかしいと言えないのか。彼はそれが疑問だと言っていた。

もうひとつ教わったのは、また聞きなどは信憑性がないと言うことだ。誰々が何々と言っていたという話はほぼ間違いだと言うことを。真実は本人に聞く以外の方法はないよだって。まず、聞いたことを悪意なくそのまま伝えることすら本来難しく、それができるなら伝言ゲームなんて成り立たないと言っている。そのまま伝えることが難しいので、聞いた人は解釈で覚えて人に伝えるので解釈の段階で必ず捻じれてしまうし、中には都合のいいように解釈したり、明らかに誇張や嘘を混ぜて伝えてしまうので、あの人がこうやって言っていたという話はほぼ間違って伝わっていると教えられた。納得がいかなかったり、本当のことを知りたかったら、先入観を捨てて本人に確認することだねと。

いつもは勉強している私も彼の話だけは勉強より優先してしまう。彼の話には勉強では身につかない内容が多い。日本の未来について聞いたことがあるが、あまりよく分からなかった。ふたつの問題点があることは私にもわかった。ひとつは国の借金。経済が成長することで借金を消す経済戦略の話であったが、高度経済成長のときは良いが経済が停滞しているときに同じことをすれば破綻するに決まっているらしい。状況が変われば対応が変わることが普通なのに変わらなければ破綻すると。借金は無限に増え続けられるものではないことをみんなは理解していないと言っていた。詳しくマクロ経済の話をしているらしいのだがそこは全く頭に入ってこなかった。ふたつ目は少子化問題。人口ピラミッドが逆三角形をしていることに触れていた。民主主義が多数決で物事が決まることが悪循環になると。多数決で物事を決めることは合理性があるが、少数意見を無視する傾向にあり、逆三角形の人口ピラミッドでは若者の意見が無視されやすく、本来時代の変化に合わせて変わっていかなければいけないものが変わらないことが問題だと。民主主義で少子化は対応を誤ると最悪の結果になると言っていた。彼なりの解決策を聞いてみたが、あまりに危険な発想で怖いと思ったが、それ以外にないと断言した彼の意見はきっと正しいのだと思う。私なりに受け入れられる部分は、富を分配して若者に恩恵がある仕組みにすること、資金の分配を総合割合で決めてそれ以上の分配をやめることのふたつだ。

小難しい話は彼を知りたくて聞いている。話の内容は何でも良いのだ。彼と話ができれば。きっと私は彼のことが好きなのだと思う。この後、少し勉強を教えてもらってから一緒に図書館を後にした。私としては少しでも彼の役に立ちたいと思って英語を教えるよともう一度提案してみた。彼は英語は苦手だからあきらめてると言っていた。それにできなくても良いのだと。サッカーに例えるとスペシャリストの中にオールラウンダーが混ざっているのが良いらしい。オールラウンダーだけでは大したチームに育たないが、ストライカー、ゲームメイカー、パサー、ドリブラー、サイドアタッカー、リベロ、スイーパー、キーパーなどスペシャリストだけならそこそこ強いチームになるらしい。本当の強いチームはスペシャリストをつなぎ合わせる役割を担う選手が必要だけど、個々の強みを生かせば強いチームになるって。

私は思い切って言ってみた。

「じゃあ私たちは強いチームになるね。私たちの相性はどう」って。

彼は少し悩んで答えた。

「相性は抜群に良いよ。それでなければ教えたりしないよ。あとね、気づいてないかもしれないけれど、俺たち似ているんだよって。」

私が似ている理由を聞くのはずっと先のことになった。このときは彼の言葉に翻弄されていた。

「勉強は教えるから俺が英語をできるようになるまで一緒にいてくれ。英語を勉強する気はないけどね。」

彼は深い内容をいとも軽く話すのでとらえ方に悩んでしまう。私は私なりにかえしてみた。

「英語を勉強する気にはさせないよ」って。

私が補ってあげる。この部分は言葉にしなかった。

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