はじめに
結果を先に書くと無事完走?と言うか制限時間内にゴールラインを超えました。それを完走と言うのかも知れませんが、あんまり走れていないので、完走とは言いづらいですがゴールはしました。
今回、マンション管理士試験と富士山マラソンが同じ日でどちらを諦めるかを選ばなければいけなかったこと。受かりたかった10月の土地家屋調査士試験の結果が悪かったこと。大会の1週間後に管理業務主任者の試験があること。
そんな中で鬱な状態が続いていて、大会を諦めて試験勉強に集中すると言う選択もあった中での大会です。なので、出発するまでは非常にマイナスな気持ちで、ずっと行くのをやめようと悩んでいました。ただ、行くと決めたのに変えてしまうと地に足の着かない状態で何をやっても上手くいかない気もしました。
何が良い言いたいかと言うと、富士山は素敵だよってこととマラソンは気持ちも変えてくれるよってことです。
実際、大会に行って自分の気持ちも前向きに変わったし、1週間後の管理業務主任者の試験もたぶん受かっている気がします。(結果は1月下旬です。)
なにより苦しくてもやり切る自分を感じることができます。これは速くなくてもそれぞれのペースで頑張れば感じます。完走目的の人なら走り切った自分に自信が持てます。
だから、みんなもマラソンしてみない?
前日
現地の参加受け付けが前日の午後から当日の朝まであって、前乗りなので前日受付にしました。予約制だったのでバッチリ予約済。
高速を乗らずに走ろうと思いましたが、なにぶん河口湖は遠い。たぶん高速を使わないと8時間はかかる気がします。でも、全部高速を使うとお金がかかるので併用しました。6時には出たいところを8時くらいに出発してしまったのも理由の1つです。
名古屋ICから音羽蒲郡ICまで高速を使い国道1号線に出ます。ここから国道を延々と走る。
国道1号の豊橋から浜名湖に入る橋からめる景色がすごいキレイなんだよ。知ってたけど改めて見ると気持ちが変わりますね。これ見てなにか苦しかったものが取れた。そして、きれいな景色を見ると一緒に見たいなぁって人が思い浮かびますね。あなたのことですよ!気づいていますか?一緒に見たい景色があるんだよ。
ただ、朝から何も食べていなかったので、どこかお店を探したけど、良い具合には見つからず途中で高速に切り替えてSAで何か食べようとなりました。
たぶん日本坂PAで止まって何か食べようと思ったけど、これといったものがない。自分が食べたいものがないし、金銭感覚がシビアになっているのか値段も高く感じる。きっと普通の値段なんだろうけど。ラーメンとうどんの2つしかお店がなくて、結局コンビニにしてしまいました。
なんかパーキングエリアの車の中でコンビニのサンドウィッチを食べるって寂しいね。やっぱりひとりは寂しいわ。
んで、富士山に近づいたら高速を降りるつもりで走ると富士川SAが見えたので急遽寄りました。ここからの富士山の景色は良いからね。降りて見ると富士川SAは観覧車があるんだね。乗りたくなっちゃった。さすがにひとりでは乗らないけど。最初からこっちにすればよかったと思いつつ、SAを散策して富士山眺めてここでも気分up。富士山の力なのかもしれません。
富士ICで降りて、そこからは下道です。富士山を時計回りに走って河口湖を目指します。途中けっこうな山道に入って酔ってしまい、到着目前だったけど、”道の駅なるさわ”で休憩。何が良かったって、富士山博物館なるものが存在してゆっくり休めたこと。富士山博物館は富士山で取れる鉱石を展示しているのかな?よく分かってなかったけど、パワースポットたる所以を感じました。
ここから、数10分走りまして、前日受付の大池公園に到着です。1時間単位で受け付けが別れているので混雑なく受け付けができました。(私は予約QRコードを見せたのになぜかはねられて総合受け付けに。そこではちゃんと読み取れたらしい。)
そこからホテルにチェックインしてしばし勉強。夕食は悩みました。だって周辺にお店が少ないんだもん。車で移動すれば良いのかも知れないけれど、こんなにお店が少ないの?ってなりました。と言うのも富士急ハイランド沿いの主要国道に面したのホテルなんだから国道沿いにもう少しお店があっても良くないか?悩みましたが近くのスーパー内にある丸亀製麺で夕食。うどんだし大会前にはこれで良いかなぁって。
これにて就寝。
大会当日
スタートまで
朝はそれなりの時間に起きて。無理に食べずに軽くおにぎりを食べました。朝はスタートまでに消化しないといけないので食べすぎ禁止です。
体調は良くなかったので、出発ギリギリまで迷いました。まず、駐車場を予約していたのですが、ホテルの駐車場もそのまま大会終了まで使えるとのことで、移動するか迷いました。ホテルから1.5kmほど歩いても行ける距離。でも、終わった後に1.5km歩くの嫌だなぁって。公式の駐車場まで車で10分でも、会場までの最終バスが早い。ホテルでギリギリまで休んで軽装で歩いて行くか、公式駐車場まで移動してバスに乗るか。
結論は公式駐車場まで移動して歩こうです。朝のコンディションが悪くてバスに乗りたくなくて、ゆっくり体を休めたくてそうしました。しかし、バスの最終時刻を過ぎたくらいに駐車場まで移動すると、まだ会場行きのバスが残っている、さらに混んでいない。距離も短いことは分かっていたので、紗良っと乗り込むと程なくして出発。ラッキーでした。私が乗った次のバスが最終だったみたい。
服装はやや軽装で、荷物預けを選択していなかったので、一番上の服だけは脱げませんでした。脱いじゃうとさすがに待つ間に凍えてしまいます。
スタートまではきっちりストレッチして、とにかくやれることやる。後は寒さに負けないことですね。
スタート地点までの富士山も、スタート地点の河口湖の景色も素晴らしかった。
今年は5000人。来年は10000から13000人ほどを考えているらしい。マラソン界のレジェンド瀬古さんも来てました。
マラソン
最低気温マイナス2度、スタート時気温2度、最高気温予想9度の中でスタート。
スタート地点は日陰で寒いです。後方からのスタートだったので、スタート地点を通過するまでに5分ほどかかります。
序盤は河口湖南側を幾度か折り返しながら走ります。この辺りは日向が多く、走ると暑くなります。上着を着たままだと流石に暑いので脱ぎ脱ぎ。腰に巻いてお腹周辺だけ温めて走ります。ペースもそこそこでキロ7分ペース。
順当に走って河口湖大橋を渡ります。ここは絶景なので撮影ポイント。一緒に走って富士山をバックに写真を撮りたい。
河口湖大橋を渡ると河口湖北側を西湖に向け走ります。河口湖の西の端まで来ると20km地点なのですが、ここまでは思ったより走れました。途中でダメになるかと思ったけれど、キロ7分ペースのまま走り切れて、この調子なら自己ベスト?と思っていましたがそんなに甘くなかったです。
今回のマラソンから給水ポイントが紙コップではなくペットボトルになったんだけど、ドリンクホルダー付きのリュックで走ったのは正解でした。ただ、再度ポケットに携帯が入らなくてメインポケットに入れるしかないのが少し面倒だった。
それは良しとして、紙コップではないのでペットボトルを持ちながら走るのが初めてだったから、給水に失敗しました。序盤はペットボトルを取って走り、飲みながら減らしてなくなれば補給で良かったんだけど、ペットボトルの残り少ない状態で給水ポイントが来てしまい、貧乏性からか新しいのに手が出せず、どうせ5kmくらいでまた給水できるんでしょ?なんて甘く見てしまった。
これが原因で、ペットボトルが空になるまですぐに飲み干してしまい、走れど走れど給水ポイントが来ず、河口湖から西湖に抜ける登りの急坂で失速。ここで足に来てしまい歩いたことで余計に足に疲労が感じられて、さらに日陰・トンネル・強風の三拍子で体が冷えて走ろうとすると足が攣り始めました。攣るまで走って治すか、攣らないように走るかの選択で、誤魔化し誤魔化しハーフまで2時間半が確定。後半3時間半でもゴールできると分かって、攣らないようにゆっくり走る作戦に決定。
疲労、冷え、水分不足は流石に足が攣りますね。西湖に入ってすぐは景色の良さに見とれてちょっと気がまぎれましたが、走ろうとするたびに足が攣りかかるのはどうしようもなく。走ろうとして走れずの繰り返し、時々少し走ってゆっくり歩いての繰り返しで、時間を見ながらタイム的な貯金を計算し続けました。
結局、西湖はほぼ歩いて1周した状態です。ハイキングかウォーキングなら気持ち良かったけど、マラソン大会で走れないのはちと情けない。そうは言ってもこの頃は足の痛みも出て来て、練習不足が存分に表れていました。
西湖から河口湖に戻るときは急坂を下ります。ここはきっちり走り切りました。どのみちどこかで走らないと制限時間が危なくなるのと、全部歩くのはさすがに恥ずかしくて、急坂の下りは走り切ろうと調整してたのもあります。重力に合わせて落下するように走るのですが、登り下りは好き嫌いが別れますね。私は下りの方が好きなので、無理な踏ん張りだけ避けて転がるような感じで下り切ります。自分の中でここが一番頑張ったところかな。
下り切ったらまた平坦な道を河口湖南側を大石公園まで戻る。西湖から河口湖の道路は昔走ったことがあるので、懐かしい記憶とともに走っては歩き、歩いては走り。周りの景色も、同じランナーの雰囲気も楽しみながらゴールまで戻ってきました。
今まで足の裏とか、親指の爪とか痛めたけど、大会では足の甲骨が一番痛かった。さすがフルマラソン。負担がかかる場所が違う。
歩いてもゴールできるから気が抜けたのか、ラスト1kmだけ走ってちょっとかっこつけて無事完走。グロスタイムで5時間50分だったので、他の大会だと制限タイムに引っ掛かりますね。と思いつつ、それはそれできっとどこかでペース上げて走るんだろうなぁって。
全然練習がままならない中で突貫作業のように調整しなんとかゴールにたどり着いたのは、タイム云々ではなく、やればできるって気持ちをもう一度思い出させてくれた。
そして、フィニッシャータオルと完走メダルがかっこよいのよ!これはもらえて良かった。
帰路
駐車場行きのバスに乗り、いったん車で荷物の整理をすると後は帰宅です。
名残い惜しいけれど、富士山を時計回りに新東名高速へ、そして東名高速へ。富士ICで降りて今度は下道だけで帰ります。国道1号の旅。前に富士サファリパークからも同じように帰ったので、景色を思い出しながら、走ります。どこかでご飯を食べたかったけど、国道1号なのになかなか食べるとこないんですよ。高架で山の中を突っ切っている部分もあるし市街地に出てもすぐに何もなくなるし。結局、浜松で来てマックに入りました。マラソン後のマックってどうよ?と自分でも思ったけれど、ちょうど良い食べ物屋さんがないんだもん。でも、夜マックのダブチーは美味しかったよ。
浜松から豊橋に入るときの夜景はきっときれいなんだろうなって思いつつ、後ろに見える舘山寺の夜景を改めて見に行きたいなぁって思いました。お誘いです。
豊橋のんほいパークの横を素通りし、音羽蒲郡まで出たらもう一度高速に乗って帰宅。
行く前は憂鬱だった気持ちが、すっきりして帰って来れたのは大きかった。
富士山マラソン楽しかった。
前日泊の与太話
前回の記憶
今回参加した富士山マラソンは記念すべき10回大会だったんだけど、実は第3回の富士山マラソンにも出ています。昨年の2020年大会は中止だったから、実に8年前の話です。
知らない間に歳をとっているんですね。
で、前回の大会ではなくて前日泊のホテルの話です。
早めのチェックインで15時頃に到着し部屋の鍵をもらって早速部屋に入ると、煙草の臭いが充満していた。匂いが残っているとかではなく吸った直後に入った感じ。
すぐにフロントに行って、煙草臭いんだけど何で?って聞いたら喫煙と禁煙を分けてないからと返答があったがそういうことではない。普通に部屋の掃除をして換気して、部屋のメイクをしたらチェックインの段階で部屋が煙草の臭いで充満しているなんてあり得るか?どう考えたって吸った直後だよ?
部屋の掃除をした後に時間まで部屋で一服してますよね?ほんとに最低。
ひとまとめにするのは良くないが地域的なモラルの低さを感じる。
それ以来、富士山マラソンは避けていたんだよね。だって、また宿泊するときに嫌な思いをしたくないじゃん。
今回はコロナウィルスの関係で中止になった大会も多く、急遽申し込んだので、そこまで思い至らなかったけど、宿泊するときに前のことを思い出してちょっと不安になった。
今回は窓のない部屋だけど・・・
そんな不安もありながら、山の中ではなく都市部のホテルを選んだのでまぁ大丈夫だろうと高を括ってました。
ちなみに、”ホテル 窓がない”で検索すると出てくるので、窓がないことでは有名なホテルっぽい。
まず、ホテルに到着。チェックインの場所は分からない。マラソン客が多いのか、チェックインの場所がフロントではないらしい。ちょっと歩いてチェックイン場所を探していると、「チェックインはここの列ですよ」って言われた。並んでいると列の先頭までいくとチェックインと表示された看板がある。それをみたとき、「このホテル、頭悪い」と。列の先頭に表示してどうする?入り口を入ってすぐか、列の後方で分かるようにしないと並べないやん。なんで列の先頭?
次に受付表をもらってテーブルで記入して待っていると、「書けたら隣の部屋で待ってください」と言われ、それもどうやったら気づくの?何の表示も案内もないまま、”書けたら移動してくださいよぉ”みたいな雰囲気出されても分からないよ。
で、番号を呼ばれて、フロントで受け付けをすると、外国籍の方が「初めてですか?」で「初めてです。」と答えると、説明してくれたんだけど、全く聞き取れない。片言の日本語ですらない。外国籍の方が一生懸命働いていることは否定しないが、何を言っているか分からない説明ほど無駄なものはない。なぜ、この人をフロントに使っているのか?
このホテルはスタッフの半数以上が外国の方。日本もここまで来てしまったかぁと。意図的にそうしているならともかく、働き手がなくてそうなっているなら日本は危機的状況だね。
少し、日本の人には日本の現状を知ってもらいたいんだけど、日本の人手不足って言うのは嘘ね。仕事が見つからない失業者が大量にあふれている国の人手不足なんてあるわけないからね。日本って安い労働力を求めていて、安く死ぬまで働き続ける労働者が欲しいのよ。だからそういった求人しかないので、そんな環境で日本人は働かない。だから外国人労働者。そういう人たちが日本の低賃金を支えるから、ますます日本は貧しくなる。日本人も給料が上がらないまま物価と税金が上がって、年々貧困になっていく。みんなそろそろ気づいているかも知れないけれど、外国の方ってひと昔前まではアジア圏の人が多かったと思います。コンビニの店員もホテルのスタッフも。でも今はアジア圏以外の国の人の方が多いでしょ?これアジア圏の国でも日本は低賃金が進んで、経済的に衰退して、どんどん追い抜かれているからなんですよ。外国から労働に来る人って、自分の国より経済が発展している国にしか来ないんで、日本を追い抜いた段階で日本には来なくなるんですよ。このままだと、いずれ日本人が海外に出稼ぎに行くほど経済的に衰退するってことを分かってほしいですね。
鍵をもらって部屋に入ると、窓がない。ちょっとびっくりしたけど、まぁ別にと言う風に思った。窓がないと圧迫感があってちょっと怖いよねってくらいだった。でも、本当の怖さはこの後に知ることになる。
部屋で勉強しつつテレビをつけてリラックス。流石にこの時期は風呂上りに外に出ると風邪ひきそうなので、先に夕食を求めて外へ。夕食を済ましてウォーキングがてら適度に動いて部屋に戻るとしばらくして息苦しくなってくる。酸欠?と少々不安になった。そう、窓がないために換気がされず酸素不足に陥ってしまうの。これ入浴後も同じことが起きました。寝ている最中にそのまま意識失ったりしないよね?って不安になった。
夜になって部屋の灯りを消して重大な欠陥に気付いた。部屋が暗くならない。なんと部屋の灯りを消しても廊下の灯りが降り注ぎ暗くならない。例えるなら夜の街灯の下にいるくらい。若しくはテントではなく野外で満月の月明りの元で寝るくらいの明るさ。正直、本が普通に読めるくらいの明るさなので、暗くないと寝れない私にはむりだなぁって。もしかしたら22時過ぎると廊下の灯りが絞られるか常夜灯にかわるのかなぁ?って思って待って見たけど、本当に明るい。仕方なくフロントに行って、「廊下の灯りっていつ消えるんですか?」って聞いてみた。返答は「消えません。」
冗談じゃないですね。あの明るさで寝ろと?無理です。と言うわけで部屋を変えてもらいました。体にハンディがある人用の部屋を確保していたのかな?そこは扉が重い鉄みたいな扉だったので、暗さはバッチリ。ただ、古い建物なのか廊下の音や声は丸聞こえ。ほとんどがランナーなので、みんな早めに就寝してくれるから助かったけど、普段なら寝れないだろうなぁと。
帰宅してから窓がない部屋に着いて調べてみました。一応、不動産関係の資格を持っていて、一般住宅では採光が取れない部屋って居室扱いにできないことは知っているので、ホテルではどうなんだろうと。因みに一般住宅では窓がないとサービスルームとか、納屋、倉庫とかになっているはずです。
建築基準法第28条に規定されているので、「ホテルの客室では換気設備を設けた場合において窓が不要である」とされていると判断できるのかなぁ?ちょっとグレーゾーンのような気もしますが。1Fと表示があったけど、半地下で地階扱いだったのかな?
で、一定の採光が取れること、換気がしっかりできることが条件のようですが、これはまた別の法律になるのでおいといて。
採光が取れるようにドアがすりガラス。だから、部屋に灯りが降り注ぐ。ドアの前の超絶明るい電気。これが夜になっても消えない。
換気設備はユニットバス内に一つだけだと思います。ゆっくり見渡してないので確実ではないですが、それだと、ユニットバスの扉を開けっぱなしにして換気する必要があるので、便器を見ながら部屋で過ごすこと。これは嫌だなぁ。そもそも換気って吐き出すだけでは部屋が負圧になるから良くないし、ユニットバス内だけで、換気されても部屋は空気が滞留するから換気されないし。もしかしたら、古いから換気機能も低下しているのかなぁ?
といろいろ考えたけど、計測器を持って行ってないので正確なことは言えず、個人的に二度と行かないと結論付けておしまいです。
元々、窓がない部屋って防災上は非常に危険で、地震や火災で扉が塞がれたら逃げようがないし、それこそ部屋が無事でも酸欠で助からないこともあるし。
気にならない人には気にならないかもしれないけれど、ダメな人は完全にアウトな部屋なので、もし予約されることがあるなら事前にチェックした方が良いですよ。
ちなみに窓なしならそう表示しないとまずいんだけど、このホテル窓なしのことを”内窓あり(外窓なし)”って書いてあるけど、実際は窓がないだけなので、内窓ってどこが開くのか?まさか扉のすりガラスが窓扱いなのか?ちょっと悪意を感じますね。
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