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ウルトラマラソンに挑戦

10th 高山ウルトラマラソン2022 結果

飛騨高山 ウルトラマラソンに挑戦
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はじめに

今回の高山ウルトラマラソンは楽しみにしていただけあって、残念な結果に終わってしまいました。

ちょっとしたことで大きく失敗してしまうってことで勉強になったと思いたいです。

来年は参加できるか分からないですが、生きていたら、生活が安定していたら、チャンレンジしたいと思います。

生きること優先なので、どうなるかはわかりません。

人生で一度は完走したいなぁ。

失敗談も含めて前日から当日の結果までをまとめたいと思います。

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前日

朝は4時には起きていました。

この日に限らず、この週は4時前後には起きていました。普段の起床時間から急に早朝に起きるっていうのは厳しいので、2週間前くらいから徐々に起床時間を前倒ししていくようにします。

普段の起床時間から90分以上いきなり早く起きるのは難しいらしい。だから、4時前後に起きておいて当日は3時起きってパターンです。

朝はのんびり過ごして6時くらいに軽く走ります。と言っても、ウォーキングで体を慣らして、上り坂を数回ダッシュして、心拍数上げて肺を膨らますようなつもりで少しだけです。

一週間まったく走らずに当日急に走るのも怖いので、最終週は週2でダッシュしました。

帰宅して落ち着いたら、子どものご飯の準備して食べ残し分だけを食べたら、準備して出発です。

自分のことだけではないので準備も大変です。危うくゼッケンを忘れるところだった。

最低限必要なものは忘れませんでしたが、エネルギー補給用の飴と補給のタイミングを書き込んだレースの高低表を忘れてしまった。飴に至っては忘れないようにって袋ごと準備して袋ごと忘れてしまった。

そんなこんなで当日のウェアを何個かセットして、晴用、雨用、曇り用みたいな感じで作って、雨は降らないと見越して、曇り用で暑ければ脱ぐようにセット。シューズやゼッケンベルト等、当日の朝をイメージして準備完了で出発。

前日泊で前日受付もないので、高速を使わずゆっくり下道で走ります。(休憩なしなら4時間ほどで着くよ)

食事のタイミングも難しくて、3時起きだから寝るのは19時とか20時。早めに食べてお腹を空にして寝たいから15時から16時には食べておきたいところです。だから昼食は10時くらい?なので朝との兼用でブランチ的な感じになるのかな?

41号線を北上して、いくつかある道の駅から美濃白川に立ち寄りました。なぜかというとちょうど10時ころだったからですね。もうひとつ前の道の駅だと早すぎて開いていない気がしたので通過してしまった。

駐車場に止めると、何やら出店らしき催しがあるので、チラ見しながらレストランに向かいましたが、10時過ぎてもドリンクとモーニングしかない。食べられないじゃん。でも、朝の食べ物はカツサンドだけ。ムムム

移動して別のところで食べることも考えましたが、2時間ほど走っての休憩だったので、あまり移動したくないのと岐阜の山間部なので次がどこのなるか不確定だったので出店の方に足を向けます。(コンビニでは味気ない)

地元の名産でも置いてあるのかなぁと見ましたが、朴葉寿司がメインなのか3つのテントで売っていた。それ以外だとピザやパンをメインにしているところくらい。せっかくなので朴葉寿司と白川茶を購入。どこで食べていいのか分からず外のベンチに腰掛けて食べます。朴葉にくるんであるだけで、朴葉は食べないよね?白川茶が渋くておいしい。

休憩をしたので出発して高山を目指します。お昼過ぎくらいに到着して、駐車場を探すも意外と混んでいる。城山公園に止めたかったのに、満車。安めのところを探すも満車なので仕方なく駅の西側に止めました。

駅の西側からだと、止まっている電車が見てて楽しいんですよねぇ。駅の改札前でWiFiをつないでしばし、休憩。私の携帯WiFiがないとすぐに限界が来ます。

駅の東側に出てお土産屋さんをのぞいて、陣屋の方に向かいお団子をひと串いただきます。赤い橋を渡って古い町並みへ。何かを買うわけでもないので、軽く食べられるところないかなぁってみましたが、それなりに混んでいるのでぶらぶらと散歩して、宮川朝市の方へ行くもお昼過ぎなのでお店は閉まっていて、お土産屋さんだけが開いていました。毎回この失敗はしている気がする。というか、昼過ぎに着いて、次の日は早朝から大会なので行けない。お味噌を買いたいのに。

駅に戻る途中で高山ラーメンを食べて、駅に戻って宿に向かいます。

15時少し前に到着して、チェックイン待ち。15時当時にチェックイン。部屋は広くて良かった。ひとりなのにツインの部屋なんだね。知らなかった。

この時点ですでに眠い。勉強の本も持ってきていたけどなんとなく手がつかない。早めに寝るために夕食の買い出しと散歩に出かけます。

飛騨一宮水無神社まで散歩。なんとなく立ち寄ってしまう神社です。やっぱり飛騨一之宮ってところが良いのかも。参拝してから来る途中に見た、飛騨一ノ宮駅に向かいます。駅も好きなのでちょっとのぞいてみたくなった。飛騨一ノ宮驛の表示がなんか古臭くて好き。無人駅なので、ホームからの眺めを堪能してホテルに戻ります。

戻る途中でコンビニに立ち寄り夕食を購入。ランチセットのお弁当がタイムセールになっていたので購入。少しでも安く済ませたい。

ホテルに戻って夕食を済ませると、お腹が落ち着くのを待ってお風呂へ。お風呂屋さんに併設されているホテルなので部屋風呂がないので大浴場で体を温め部屋に戻って早めの就寝。

18時過ぎには布団に入ったので、ここに何も書くことはないはずですが・・・

少し眠りについてそのまま朝を迎えたかったのに、急な腹痛。単にトイレに行きたいだけなのか?

やっぱりお腹が痛い。なんとここにきて食中り(しょくあたり)または食中毒。食べ合わせが悪かったのか?

原因を考えます。朝の朴葉寿司は生の魚。鯖と鮎。この時間に中るかな?

高山のお団子とラーメンは大丈夫だろうし。

あとはタイムセールのお弁当が怪しい?調理品だし、タイムセールだからランチ用のお弁当を17時前に食べているのはちょっと危険。

でも、原因より体調です。腹痛が治まらないとヤバい。

ようやく眠れたころに上の階からどんどんと音が。ベッドから飛び降りて遊んでいる感じの音。あまりにうるさい。次の日3時起きだよ。で、時計を見ると23時前。おいおい、夜に部屋で飛び跳ねてるの?そりゃないよ。

このままじゃ寝れないし、これたぶん怒って良いやつだよね?

と言うわけで、一発でおとなしくさせました。一発と言うか、一撃というか、一檄というか。まぁ、静かにさせましたよ。今でも怒っているけど。

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大会当日

起床からスタートまで

アラームの音で飛び起きてまずは、コロナ検査キット。これマジで面倒くさい。5分待って、30分待ってって、そんな時間ないよ。

5分待つ間にジェルを流し込み、服を着替え、荷物をまとめます。

(まだちょっとお腹痛いのでトイレにも)

次の30分を待つ間に移動。荷物をもってチェックアウト。たぶん私は遅い方だったかも、先に出ている人もけっこういた気がします。

車に乗り込みシャトルバスの駐車場に向かいます。駐車場に着くころに検査終了。陰性なので参加できる。

このとき腹痛でトイレに行きたくてつらかった。検査結果をメールで送り、ウェアに着替え、手に持つの確認。ここで初めて飴ちゃん忘れたことに気づいた。とにかくスタートを切れるかだけを確認。

シャトルバスに乗る前にトイレに駆け込む。やっぱりお腹が辛い。

ここにきてようやくお腹も落ち着きました。1週間分の検温チェックを受けて手荷物置き場へ。なんかの持つ預かれないのではなかったかな?貴重品は預かれないってことだったのか?とりあえず、体育館に置いていくことはできるみたい。

で、念のためトイレに並ぶ。もう大丈夫と思いつつ不安。

スタート会場ではパンとかあるけど、怖くて食べられない。本当は少しずつ栄養補給しないといけないのだけれど。

スタートが2ブロックスタートが一斉スタートに変わったと思っていたら、当日はブロックスタートだった。2部なので20分余裕がある。と言うか一斉スタートだったら、本当にギリギリ間に合った状態でした。

1部のスタートを見て自分もスタート地点に移動します。

100kmマラソンスタート

4時50分になりスタートの合図。周りの様子を伺いつつ走ります。

スタートのあいさつで3年ぶりって聞いて、そんなに前だったのかぁって。感覚を忘れてそうで危ういなぁ。

スタートは小雨が降りそうな曇り。走ると汗が出るけど、風が吹くと肌寒い。調子が良ければ走りやすい天候なんだろうけど、お腹が冷えるのが心配。

無理しないように息が上がらないように走って最初のエイドで水分補給。スタート時点でポカリを300mlほどボトルに入れておいたので、上り坂で少しずつこまめに飲みましたが、しっかり飲むのはここが最初。

5km地点で1km7分ペース。

第1関門と第2関門は制限が緩いので1km9分を少し超えても大丈夫だけど、それだとゴールできないので、1km7分ペースは良く走れている方かな。1km8分をイーブンペースが一番理想だけど。

10km地点でも1km7分ペースを保っていて、まずまずこのままならいけるんだけど、残り90km走れたらねって。

第2エイド、第3エイドで異変を感じる。何も食べられない。お腹の調子が心配で積極的に食べるのが不安っていうのもあるけど、食べたくない。何なら体が欲してくれない。普通だとちょくちょく食べて走るんだけど、何も手に取る気にならない。給食なしで100kmは不可能なので、どこかで食べないとと思いながらエイドは水分補給だけで通過。

それでも天候が曇りのせいか水分補給もなんとか保てているって状態です。

美女高原に向けて登りが続くので歩いたり、走れるところだけ走ったりを繰り返し、15km地点までの5kmは1km8分ペース。これならまだ大丈夫。このペースが続けばと願うばかり。

このあたりで持ってきたジェルを飲みます。補給なしではきつくなるはず。

美女高原を超えて20km地点までの5kmも1km8分ペース。ここでアクシデント。吐きそう。急に吐き気が襲ってきた。で、酩酊?クラっときた。眩暈がするような感じだけど、ブラックアウトに近い感じで頭に違和感が。本当に死ぬのか?ってちょっと不安になった。

ここから走れなくなってちょっと歩きながら、これもうダメかもって。第1関門で途中棄権を考え始めました。無理すると倒れる可能性あるよ。

とりあえず第1関門まで進むしかないので歩きながら回復するか待つしかない。しばらくしてちょっと回復してもう一度走り始めます。25km地点で時間を確認すると、若干遅れるものの5kmを1km8分ペース。あれだけ歩いてこのペースならまだいけるかもって少し安心しました。

26.6km地点の第1関門の道の駅ひだ朝日村に到着。

ここではそんなにゆっくりできません。だって100kmなのでフルマラソンよりは厳しいです。水分補給と何か食べられないかなってよもぎうどんを口に入れるも、入れたすぐから吐き出しそうになった。もちろん、よもぎうどんが不味いとか口に合わないってことではなく、体が食べ物を受け付けない。これは本当にやばい現象です。食べれないと走れないよ。口に入れた分だけ何とか飲み込んであとは残しました。

ここから30km地点までの5kmは1km9分ペース。次第にペースが上がらなくなってきます。

さらに問題はお腹が痛くて、不安もあってエイドのたびにトイレに行くこと。これすごい時間をロスする、毎回トイレに行っていたらゴールできないどころか関門制限に引っかかる。

35km地点までは1km10分ペースに落ち始めだんだん走れなくなる。単純走っているペースだけでなくトイレでロスするのも痛い。ここで両腿が攣り始め水分補給、腹痛、筋肉と不安要素が増えていきます。

とにかくもう一度ジェルを投入。何とかエネルギーを生み出さないと走れない。

もう棄権したいって思いで走れなくなりせめて早歩きでもって歩き続けます。

第2関門で棄権することも考えましたが、第3関門まで行くと飛騨牛が食べれるからなぁって。とりあえず、回収されるかもしれないけれど、行くだけ行ってみるかと進みます。

45km地点では1km12分ペースに近かった気がします。序盤は5kmごとの看板が程よく表れたのに45kmの看板だけ遠くに感じた。

45.5km地点第2関門岩滝公民館に到着。制限時間まで20分しか残されてなかった。と言うか、制限をクリアできたことがすごい。序盤の貯金で何とか持ちました。ここでも、何も食べれず、

でもね、第3関門は絶対無理なの。このペースでは無理なの。それは分かったうえでの出発。

ここからは地獄やったなぁ。まったく走れない。何なら歩くのも無理なくらい。ひざに痛みが出てきたし、とにかく辛い。45km地点と50km地点の間くらいで制限タイムがきてもうダメだと確信しました。

回収車が来ないかなぁって大会の車が来るたびに手を挙げて助けてって言いたかった。でも、リタイアでも関門までは自力で到着しないとね。

途中のエイドの麦茶とボディメンテが美味しくて良かった。ポカリだけだと口の中がすっきりしないから。最初の方でもコーラですっきりしたし。

第3関門までは短いはずなのに遠い。歩いてたどり着けない気すらしていました。坂を下りきって遠くに第3関門が見えて自分を鼓舞して歩き続けて、同じようにリタイアの人が周りにいる安心感。でも、走っている姿が羨ましかった。自分だってタイムアウトでも走りたい。

57.2km地点の第3関門丹生川支所で制限タイムによりリタイアとなりました。もちろんダメだってわかっていたし、たどり着けたことにホッとしました。

苦しいけど楽しみたい、でも走りたくないというか、どこかもう限界って気持ちがあった。

第3関門では飛騨牛やトマトそうめん、みたらし団子を食べました。しそジュースも美味しかった。もうお腹の心配しなくて良いからと言うもあるし、ここにきてようやくお腹がすいた。

スタート大会までのシャトルバスを待つ間に何度もトイレに行きましたが、それくらい辛かった。

でも、高山が好きだし、景色が良いし、坂道しかないコースも楽しいし。もっと万全でのぞみたかったなぁ。

一応、第3関門はクリアできるように練習は積んでいたので、ここで終わるの?ってさみしい気持ちが大きかったです。

ちなみに私が第3関門に到着した段階でも71kmコースは制限内なので、回収車が来なかったのは当たり前ですね。まだレース中でした。

と言うわけで今回のリザルトは57.2km8時間50分リタイアです。(タイムはおよそです)

帰宅

帰宅は下道と高速と迷ったけど、高速にしました。

本当に情けない不甲斐ない無様なレースをしておいて、高速なんて贅沢すぎると自分でも思ったけど、体調優先しました。

東海北陸道って2車線が増えてかなり走りやすくなりましたね。煽りも少なくなって良かった。この高速は昔から煽りが多くて、事故も多い高速だから。安全運転の私は苦手です。

途中で休憩いるかな?って思ったけれど、木曽川ICまで一気に走れて、22号が少し混んでいたけど、岩倉の方に抜けてからはすんなり帰れました。

途中でお腹すくけど、食べていいのか、食べられるのか、いろいろ悩んでいたら家に着きました。

1日休んだら、またやらなきゃいけないことあるからやらなきゃね。

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さいごに

来年出られるかは分からないけれど、出るなら完走できるようにトレーニングします。当たり前ですね。とくに坂道は登りも下りも必要だね。登りを全部歩くわけにいかないのと、下りはひざや足の筋肉、甲の骨に響く。とにかく坂道だけを延々と練習した方が高山には向いている。

3年ぶりということで感覚が鈍っていたのもあるし、生活がしっかりしていない中でいろんなことを考えながら過ごしているのもあると思います。

反省点としては、前日に生ものを食べない、タイムセール品を買わない、宿泊はケチらずしっかり眠れるところを探すってことかな。

今年はこのあと、トライアスロン伊良湖大会に出るのと、資格試験を3つ受けるので、前日の行動ひとつで痛い目に合うってわかったので、この経験は無駄にはできない。

今回はよく頑張ったと言うよりも、よく保ったと言う方が正解かもしれない。良くもった、よく粘った。そこはそう思う。

来年も出れると良いなぁと思いつつ。生きていればねっていうのと、生活が安定していればねっていうのがある。生活するのも困難な状態なら申し込めない。

高山も良いけど、もう一度東尋坊で自信を取り戻すのもありかなって思っている。

行ってみて思ったのは、やっぱり高山が大好きってこと。また行くことがあれば受け入れてください。

参加したみなさん、大会運営のみなさん、高山の人たちありがとうございました。お疲れさまでした。

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